第13回
2001年
絵画部門
Lee Ufan
李 禹煥
大きなキャンバスに点や線を描いた絵は、洗練された美しさの中に深い精神性を感じさせる。東洋の思想と画法、西洋の哲学とテクニック、2つの融合から新しい抽象画の世界を切り拓いた李禹煥は、日本に住みながら世界を舞台に活躍する画家。その活動は絵画、彫刻、詩、美術評論と多岐にわたる。
1936年、韓国の慶尚南道咸安郡に生まれ、国立ソウル大学を中退後、日本に移る。日本大学文学部哲学科で学び、その後、本格的に美術の世界に身を投じた。69年に論文「事物から存在へ」を書き、当時、日本で起こった美術運動「モノ派」の主導的役割を果たす。
白っぽいキャンバスに、黒や藍、朱などの色彩で筆の跡を残すような線や点を描くといった絵画は、オリジナリティーに満ち、とりわけ、余白に深い意味合いを持たせている。その技法は書道の筆遣いにも似ており、そこに油絵の技法を用いた全く独自のもの。
70年代初めの「点より」シリーズから、「線より」シリーズ、そして「風と共に」シリーズ、よりシンプルに削ぎ落とされ、余白が重要な意味を持つ「照応」シリーズまで、少しずつ変遷しながら現在のスタイルに到達。立体作品では60年代から続けている石と鉄板という単純な組み合わせによる「関係項」シリーズで、目には見えない何かを感じさせようとしている。
現在はパリにアトリエを構え、日本とフランスを行き来しながら創作活動を行っている。ヨーロッパでは、パリの国立ジュ・ド・ポム美術館での回顧展をはじめ、この6月にはドイツのボンでも大規模な絵画のみの回顧展が開催された2001年11月、中国の上海ビエンナーレでユネスコ賞を受賞。著書に評論集「余白の芸術」などがある。
略歴
李禹煥の平面作品
李禹煥の1970年代以降の平面作品は、キャンバスによる定型の画面、それに岩絵の具、油絵の具などの画材を用いた作品であるという点で、形式として見れば「絵画」といって間違ってはいないでしょう。
1956年に韓国から来日した李禹煥は、日本の大学で哲学を学んだのち、約3年間日本の伝統的絵画である日本画の技術を学んでいます。しかし、彼はそのまま日本画の画家としての道を選びませんでした。平面作品の支持体として定型のキャンバスを選んだとき、李 禹煥はあきらかにヨーロッパ絵画の形式を踏襲したわけです。
しかし、そうかといってこの美術家はその形式を無条件で容認して受け入れたわけではなかった。彼は大きな不満を感じながらそれを受容したといえます。李禹煥はその不満をさまざまな言い方で述べていますが、それを要約的にいうなら、こういうことだと思います。
ヨーロッパの近代絵画は、視覚が物体の輪郭にとらわれ、いわばそれに従属することを大前提として成立してきた。李禹煥はそれを「オブジェ思想」といいます。そして今日の課題はそうした思想をどのようにして越え、いかにして視覚を対象の輪郭から解放するかだと。
極言すれば、これはヨーロッパ近代絵画の総否定にほかなりません。いってみれば李禹煥はキャンバスを前にしながら、ヨーロッパ近代絵画のような絵画を否定するという課題を自らに課して、その歩みをはじめたわけです。
しかし、こうした重い課題が一挙に解決されるわけにはいきません。70年代から80年代にかけての「点から」、「線から」はその最初のステップを示す連作でした。これらの連作では、絵筆を握りながら息をつめて点を打ち、線を引くという方法が採られています。描くという行為を理性の制約から解放し、描くという行為を本来的に支配している肉体の働きを協調するというのが、李禹煥の選んだ方法でした。それによって視覚をより自由にしようとしたわけです。
それらの連作ではにかわで溶かれた岩絵の具が用いられていましたが、80年代には入ると油絵の具が主たる材料になります。そして「風」がテーマになるとともに、表現形式も大きく変わります。しかし、この「風」の連作によって、李禹煥本人にすらなお残っていた「オブジェ思想」が一掃されてしまうことになったように思います。ここで、李禹煥は空間ということをきわめて意識するようになります。「私はニュートラルな空間を好むようになり、作品は中間地帯的な空間性に依存度を深める。」この美術家は1993年にこのように述べています。
白い画面にストロークによる数個、ある場合には一個の四角っぽいかたちが置かれてる。それが90年代以降の李禹煥の平面作品です。その四角っぽい形が何を意味ししているかということは、ほとんど問題になりません。だいいち、作品を見たとき、そういう疑問をまったく感じさせないのが、これらの作品の特徴です。それらは時に一種不思議な感情を誘発します。というのも、それらの作品は何かが描かれているといえばそうもいえるような特質をもっているからです。そして確かなことは、ここでは視覚は対象の輪郭の束縛から完全に解放されているということです。
李禹煥の作品を見ると、われわれの視線は画面の表面に束縛されて、その上をさまようのではなく、画面の奥の向こうへと誘われるような感じを抱きます。そして、その時白い画面は見えなくなり、たとえば限定できない不可視の宇宙のひろがりに触れるような解放感を感じないでしょうか。
それが李禹煥のきわめてユニークな平面作品だと私は思います。
中原佑介
略歴 年表
フランス国立美術学校の招聘教授となる(~98)
中国・上海ビエンナーレでユネスコ賞
韓国湖厳賞芸術賞
ドイツ、ボン市立美術館で大回顧展
高松宮殿下記念世界文化賞・絵画部門受賞
主な著書
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線より
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関係項 鉄板と石による彫刻作品
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関係項
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照応
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照応
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アトリエで制作中の 李禹煥