第1回
1989年
建築部門
Ieoh Ming Pei
イオ・ミン・ペイ
パリの「ルーヴル美術館のピラミッド」(1989)などで有名なアメリカの建築家。
1917年、中国・広東の裕福な銀行家の家に生まれ、35年アメリカに渡る。マサチューセッツ工科大学、ハーバード大学大学院に学び、近代建築運動を展開したヴァルター・グロピウスやマルセル・ブロイヤーと師弟を超えた親密な関係を築き、建築家としての基礎を固めた。54年、アメリカ市民権を得て、翌年、「I・M・ペイ&パートナーズ」を設立。コロラド州「国立大気研究センター」(1967)、「ダラス市庁舎」(1977)などで名声を高め、さらに「ジョン・F・ケネディ記念図書館」(1965-78)、ワシントンの「ナショナル・ギャラリー東館」(1968-78)など明快で鮮烈なメッセージを伝える作品を次々に発表した。
83年、ルーヴル美術館再建の依頼を受け、89年完成。歴史的建造物のルーヴル宮殿とガラスのピラミッドの意表を衝く組み合わせが論議を巻き起こしたが、今ではパリの名所として親しまれている。
中国には北京市郊外の「フレイグラント・ヒル・ホテル」(1982)、香港の「中国銀行」(1990)を建て、2001年現在、北京の「中国銀行本店」を建設中。その多くの作品は、それぞれの都市の記念碑となっている。
略歴
イオ・ミン・ペイの名を世界的なものにしたのは1989年に完成した『ルーヴル美術館のピラミッド』だろう。ナポレオン広場にあるこの建物は、歴史的建造物であるルーヴル宮とガラスのピラミッドの意表をつく組み合わせが計画段階から話題となった。一見単純にみえるその構造部材も太すぎず細すぎずで、構造とデザインの均衡をみごとに保っている。しかもガラスの輝きだけでなく、経験と蓄積によって生み出されたコンクリートの美しさも特筆すべきことだろう。パリの新名所となり、多くの観光客を集めている。
ペイは大学時代から建築の王道を歩んだ。1917年、中国、広東の銀行家の家に生まれ、1935年、アメリカに移住した。マサチューセッツ工科大学で建築を学び、ハーバード大学デザイン大学院で修士号を取得。ハーバード時代には、近代建築運動を展開したヴァルター・グロピウスやマルセル・ブロイヤーと師弟を超えた親密な関係を築き、建築家としての基礎をかためた。
1946年、大学を卒業した彼は、不動産ディベロッパーだったウェッブ&ナップ社に入り、建築部門を設立した。そこで、モントリオールに盟友のヘンリー・コブとともに設計したのが、35階建てのビル『プレース・ヴィル・マリー』(1955-56)だ。
この十字型の建築はディテールにおいても完璧で、ディベロッパーのかかえた建築事務所の仕事にもかかわらず、建築を芸術の域にまで高めていった。
1955年にI・M・ペイ&パートナーズ事務所を設立し、コロラド州の『国立大気研究センター』(1967)や、ニューヨーク州に完成した『ハーバート・ジョンソン美術館』(1973)などの建築で新境地を開いた。とりわけ大自然のなかに現れた彫刻的な『国立大気研究センター』は、建築家たちに衝撃を与えた。
やがてペイの事務所は大きくなり、多くの公共建築を設計した。そのなかには『ダラス市庁舎』(1977)、ワシントンの『ナショナル・ギャラリー東館』(1968-78)、それにボストンに建てた豪壮な『ジョン・F・ケネディ記念図書館』(1965-79)などがある。
これらの成功で彼は、1983年にパリのルーヴル美術館の再構築の依頼を受けたのである。
美術館の中庭に建てられたガラスのピラミッドは、この建築家の立体架構に対する生涯のこだわりを示すものだが、すでに『ジョン・F・ケネディ記念図書館』とワシントンの『ナショナル・ギャラリー東館』でその片鱗をみせていた。このピラミッドのかたちをとった立体架構はそれ自体完結した作品となっている。
ペイはふたつの作品を中国に建てた。北京市郊外に建設した『フレイグラント・ヒル・ホテル(香山飯店)』(1982)と香港の『中国銀行』(1990)である。
ペイの仕事に対する態度は極めて柔軟なものであったが、それにしても形式、思想においてこのふたつの作品ほど両極にあるものはほかにない。『中国銀行』は、高層でハイテク。ノーマン・フォスターの『香港上海銀行』(1986)に対するライバル意識がよい意味でこのようなデザインに結晶化している。
これに対し『フレイグラント・ヒル・ホテル』の中庭は、ペイが子供時代に見た蘇州の貴族的な中国庭園をイメージしている。この政府の賓客のためのホテルを建設するに際し、ペイは紫禁城の近くには高層ホテルを建てないように中国政府を説得した。かわりにペイは低層ホテルを、北京からずっと離れた狩猟場だった場所に建設するよう提案したのである。中国の伝統を現代に蘇らせた『フレイグラント・ヒル・ホテル』は、ペイの全体的な建築軌道の中でも力強さと静寂さを備えた極めてユニークな作品となっている。
日本でもペイの作品を見ることができる。滋賀県に建てられた宗教団体のモニュメントである『神苑・カリヨン塔』(1990)と『Miho Museum』(1997)だ。前者は三味線のバチをイメージした形態、後者は自然に配慮し、建物の8割が地中に埋められたきわめて個性的な建物となっている。
ペイはポスト・モダニズムの流れにくみすることなく、マイペースで質の高い建築を生み出した。流行に左右されることのない新しいモニュメントの創造こそが彼の関心であろう。『ジョン・F・ケネディ記念図書館』、『ナショナル・ギャラリー東館』、『ルーヴル美術館のピラミッド』、そして『中国銀行』といった最も記憶に残る作品は、都市のモニュメントとして存在していることはいうまでもない。
渋沢和彦
略歴 年表
主な作品
-
国立大気研究センター
-
ジョン・F・ケネディ記念図書館
-
ナショナル・ギャラリー・オブ・アーツ
-
ルーヴル美術館(パリ)
-
ミホ・ミュージアムへの吊り橋