トップ 受賞者一覧 マリオ・メルツ

第15回

2003年

彫刻部門

Mario Merz

マリオ・メルツ

マリオ・メルツは、消費文化の非人間性や芸術のエリート性に対抗し、身の回りのありふれた素材を使う「アルテ・ポーヴェラ」(貧しい芸術)運動を代表する作家。作品も素材も多様だが、イグルー(エスキモーの半円球の氷の家)をモチーフにしたもの、無限に展開する「フィボナッチ」という数列をネオン管で表現するのが中心である。89年にはニューヨークのグッゲンハイム美術館で回顧展が、88年には名古屋で個展が開かれている。

略歴


マリオ・メルツは「アルテ・ポーヴェラ」(「貧しい芸術」という意味のイタリア語)を代表する作家である。「アルテ・ポーヴェラ」は1960年代から注目を集め始めた。「権力に奉仕する作家」が大理石やブロンズといった伝統的な素材を利用していたのに対して、「アルテ・ポーヴェラ」の作家は反エリート主義を掲げ、「身の周りのありふれた素材」を使って自らの理念を表現しようとした。
「木の切れ端とか古新聞を芸術の中に置くと、その素材の疲労が払拭され、豊かさの状態に戻されるわけです」とメルツは語る。
メルツの作品は、素材・形態とも多種多様だが、ガラスや古新聞、ネオン管を組み合わせたインスタレーション、建築構造物の原型ともいえるイグルー(原義はエスキモーの半円球の氷の家)、そして、ネオン管による「フィボナッチ級数」の表示が中心である。
フィボナッチ級数とは、1・1・2・3・5・8‥というように、先行する二つの数字の和が次の数字となり、無限に展開する数列。蝸牛の殻の螺旋構造など多くの自然現象の基をなすとされ、13世紀のイタリアの数学者レオナルド・フィボナッチがウサギの出生率に関する数学的解法として発見した。
広島の原爆ドームを連想させる巨大な石のイグルー、城壁や塔の側面に配したネオンの数列など、その作品は意表を突く場所にあり、観る者に意識の変革を迫る。
「古代ローマ皇帝シーザーの墓があった遺跡に、螺旋状のネオン管の作品を設置したのは、シーザーの過去の栄光の記憶を呼び覚ます力を持つかのように思えたからです」
第二次世界大戦中、メルツは反ファシズム運動に参加して投獄された。ある日、監獄が爆撃で破壊され、外に出てみると、あたり一面は瓦礫の山。「人生を一から作り直す必要に迫られた」と回顧する。メルツの作品に「廃墟」と「再生」のイメージが漂うのは、この体験に由来する。
過去3回の日本訪問では、神社の「朱の柱」に強い関心を持ったという
 
2003年11月9日、ミラノで逝去

略歴 年表

1925
イタリア・ミラノ生まれ
トリノ大学で2年間医学を学ぶ
1945
第二次世界大戦中、反ファシズムグループに参加
1954
トリノ、ブッソラ画廊で初個展
1960末
アルテ・ポ-ヴェラを代表する作家として活躍
1966
蛍光管とレインコートを組み合わせた作品を制作
1968
エスキモーの家の形をしたイグルーを制作
1970
フィボナッチ級数が作品に登場する
1972
アメリカでの初個展(ミネアポリス)
1975
ドイツのバーゼル美術館で個展
1988
ICA名古屋で個展
1989
ニューヨークのグッゲンハイム美術館で大回顧展
1998
「イタリア美術1945-95」展に出品、日本巡回
2002
「ゼロから無限へアルテ・ポーヴェラ1962-72」展に出品、欧州各地を巡回
2003
高松宮殿下記念世界文化賞受賞
11月9日、ミラノで死去
  • ©The Sankei Shimbun 2003

  • イグルーと噴水(2002、トリノ)

  • 数字の飛行(2000、トリノ)

  • マラルメ(2003)

  • シーザー広場のマーク(2003、ローマ)

  • アフリカの画家(1980-85)

  • ヴァイオレット色のワニ

The Sankei Shimbun 2003
©The Sankei Shimbun 2003

イグルーと噴水 Igloo Fontana (2002、トリノ)
©The Sankei Shimbun 2003

数字の飛行 Il volo dei numeri(2000、トリノ)
©The Sankei Shimbun 2003

マラルメ(2003)A Mallarmé 55×720×80㎝
©The Sankei Shimbun 2003

シーザー広場のマーク Un segno nel Foro di Cesare(2003、ローマ
©The Sankei Shimbun 2003

アフリカの画家(1980-85)Pittore in Africa 300×458㎝
©The Sankei Shimbun 2003

ヴァイオレット色のワニ Coccodrillo viola 245×420㎝
©The Sankei Shimbun 2003