第23回
2011年
建築部門
Ricardo Legorreta
リカルド・レゴレッタ
原色で大胆に壁を塗り分け、自然の光を取り入れる。球体のオブジェや格子などのフォルムも斬新で、現代的感覚とメキシコの伝統文化を融合する建築家。色で表現する個性、大きな窓や空間、人々が集うパティオ(中庭)など伝統的なライフスタイルが建築物に投影されている。メキシコシティに生まれ、国立自治大学で建築を学ぶ。国際的に有名になったのは1968年、メキシコシティに建てたホテル『カミノ・レアル・ホテル・メキシコシティ』。ピンクの格子と黄色の壁の玄関、真っ青な壁に囲まれた泉など鮮やかな色彩がインパクトを放つ。当時勢いのあった近代主義の美学だけでなく、土着性を反映した現代メキシコ建築を追求した。その特徴を生かした建築は、中南米、米国南部、中東などにも多い。
略歴
ピンクやイエロー、レッド、ブルー…。強い色が目に飛び込んでくる。原色で大胆に壁を塗り分けた建築物は限りなく明るく、球体のオブジェや噴水、格子などのフォルムも斬新だ。前衛的にも見えるが、現代的感覚にメキシコの伝統文化を深く映し込んでいるという。
「私はルーツを大切にしています。歴史的伝統を単なるノスタルジアではなく、文化の表現として現代に生かすのです」。強い太陽の光、赤い土など自然の風土に加え、「光や色にとても敏感」というメキシコ人のライフスタイルを建築ににじませる。
建築家としてのキャリアは約50年になるという。その名が、世に出たのは、メキシコオリンピックの1968年、メキシコシティに建てた高級ホテル『カミノ・レアル・ホテル』だろう。ピンクの格子と黄色の壁、豊かな水が強いインパクトを放つエントランス、真っ青な壁に囲まれた泉など鮮やかな色彩が輝く。
30代半ば。長年勤めてきた近代建築運動のリーダー、ホセ・ヴィヤグランの事務所から独立したばかり。さらに、重い膵臓炎を患い、病の床にあった時、この仕事が舞い込んできたという。「意識がもうろうとしながらも、メキシコのルーツを重んじたホテルを造ろうと思い立ちました」。近代主義の美学だけに偏らず、土着性を反映した現代メキシコ建築を探った。「生死の境をさまよい、人間の小ささを知りました。これからは使う人のためにデザインすることを決意したのです」。
メキシコシティに生まれ、父親は銀行家。国立自治大学で畑違いの建築を学ぶ。「金融という世界に対する負の反応だったかもしれない」と振り返る。とはいえ、幼いころから父親に連れられ、メキシコ中を旅して歩いた経験は、源泉にもなった。自然光を取り入れた大きな窓や空間、色で表現する個性、人々が集うパティオ(中庭)。各地に暮らす人々の伝統的な日常生活は、建築物に自ずと投影されている。こうした特徴を生かした建築は、中南米はもとより、米国南部、中東などにも多数ある。
「人生のうち、最も満足しているプロジェクトは?」との問いに、「6人の子供(男女各3人)ができたこと」と笑顔で即答。中でも、若い頃は父親に反発していた末っ子の3男、ヴィクトル(44歳)が、同じ建築家の道を選び、現在はパートナーとして活躍していることに目を細める。日本の建築家とも親交が深く、ヴィクトルは槇文彦氏の事務所で“修行”したことがある。
世界文化賞授賞式典からの帰国後、2011年12月30日、メキシコシティで逝去。
略歴 年表
『パーシング・スクエア』(アメリカ、ロサンゼルス)
『ジャパン・ハウス』(神奈川県逗子市)
事務所名を「Legorreta+Legorreta」に改称
-
リカルド・レゴレッタ
-
『カミノ・レアル・ホテル・メキシコシティ』
-
『パーシング・スクエア』
-
『マナグア大聖堂』
-
『テレヴィサ本社屋』
-
『15のパティオのある家』
-
『テコラレの家』
講演会
リカルド・レゴレッタ 建築を語る
--高松宮殿下記念世界文化賞 受賞記念講演会--
2011年10月20日(木) 16:00~17:30 於:鹿島KIビル
主催:公益財団法人 日本美術協会
後援:社団法人 日本建築学会、社団法人 日本建築家協会
司会:2011年「高松宮殿下記念世界文化賞」建築部門受賞者リカルド・レゴレッタさんとご子息のヴィクトル・レゴレッタさんです。
リカルド・レゴレッタ:皆さんこんにちは。私は非常にうれしいです。世界文化賞を受賞したということは私の人生の中でも最も美しい体験の一つです。私はこの賞を私が受賞するということを想像していませんでした。実は昨夜、メダルをいただいてからやっと実感がわいてきました。
日本はメキシコと地理的に遠いところにあると感じる方が多いと思いますが、私はこうやって目を閉じてみると、実はこの二つの国が近い国であると思っております。
今、世界の人類は危機に直面しています。経済、文化、自然も危機を訴えています。この危機は建築にも影響を及ぼしています。しかし私にとって、この危機は決して悪いことではありません。危機というのはユニークな前進をするための機会だと思います。世の中をよくするためのチャンスです。ですから日本の皆様がこの大震災にめげず、ここまで復興し、見事に試練を乗り越えてこられたということが立証していると思います。
建築は社会に対してサービスを提供するだけのビジネスではありません。お金のためだけではなく、建築は人や社会に対して貢献するためにあるのです。その技術を活用して、人のために建築を提供するということを忘れてはいけません。
日本は、ユニークな立場にあると思います。日本は世界文明の重要な柱となってきました。今、明確に見えていることは、メキシコと日本両国の強固な揺るぎない関係と、類似性です。これは「ルーツ」です。我々両国は世界の中でも類まれなるこのルーツをずっと存続してきました。このルーツを元に、建築を真剣に考え、どのように都市を設計していくか。このような危機に満ちた今、チャンスの年であるといえます。
世界を見渡してみますと、歴史を振り返っても、これだけたくさんのものを作り出す機会に恵まれているときはないのではないでしょうか。これはポジティブなことです。人類は困難があってこそ進歩するということを歴史が証明しています。困難に立ち向かってこそ進歩するのです。
世界文化賞を受賞すると聞いたときから、ずっと私の心に様々な思いがよぎり、今、喜びが心の底からわいてきています。私は受賞体験を通じて、自分に誓ったことがあります。それは、私が自国に戻って、世の中をよりよくし、人間にとって住みやすい社会をつくるために貢献しなければならないということです。
ルーツの話に戻ります。瞑想して熟考するとルーツがよく見えてきます。時には、すっと自分のルーツと一体感を持つことができます。これは日本とメキシコの祖先がとても似ているからではないでしょうか。すなわち祖先、母親、父親を否定することは決してできない。我々は彼らから教えてもらったこと、その資質などすべてのことを継承していくという責務があるのです。
私は恵まれています。ヴィクトルという私の息子が一緒に働いてくれているということです。単なる親子関係でなく、固い友情の絆で結ばれています。世界文化賞のメダルの半分はヴィクトルに行くべきだと思っています。私は必ず何をするにしてもヴィクトルと相談して決めます。大切なことを決断するときの基準は、それが本当に人々のためになることなのか、必ず確認してから一緒に決めます。そして二人でいろいろなイメージをまずつくり出します。
実際の作品、プロジェクトをヴィクトルから紹介してもらいたいと思います。
『ジャパン・ハウス』
ヴィクトル・レゴレッタ:まずご紹介したい作品です。これは素晴らしい経験だった日本唯一のプロジェクトです。鹿島建設と一緒に仕事をしました。逗子にある大学学長のお宅を手がけました。立地、眺めがすばらしい海辺にあります。窓から見ると、本当に海の中にいるかのようです。多くの岩や磯が見えます。プールがちょうど家の前につくられています。ですから水が常に家の周りに存在するという設計となっています。テラスは毎日使っていただいています。さらに特別なコンサートのときにもここを利用できます。天気のよいときには海を眺めるためにここに座るということもできます。ガラスを多用しました。窓というのは景色の枠をつくるということで、中からきれいに外を見ることができるような窓のつくりになっています。この家について面白いのは、ここを父と二人で歩いていた時、何か日本的な香りがすると感じました。まさにその通りで全体の雰囲気がとても日本的です。その時、家主の方からお礼を言われました。「ここを依頼する時にメキシコ的な家をつくってほしいとお願いした。実際に本当にできてうれしい」という趣旨でした。国外で仕事を多くしますと、その建築は自国の文化と、現地の文化、双方の融合になることがよく分かりました。中央にある部屋、ダイニングルームは半円形です。お客様が来たときに景色や海を見ることができるようになっています。階段から下に降りるという設計になっていますが、光も多く活用しています。建築の重要な要素は光です。明り取りがあって、自然光が入るようになっていますが照明も使っています。一つの機能だけではなく、美的な要素としての照明を採用しています。さまざまな形の照明を壁や階段につけています。
『キア・ハウス』
リカルド:大変深い友情で結ばれている友人のハワイの『キア・ハウス』です。今回の授賞式にわざわざ来てくれました。この家はずっとそのオーナーと最初から最後まで相談して作りました。これは世界で最も天候に恵まれている島、コナ島にあります。本当にここでは窓は必要なく、自然の中に生活しているようなものです。セントラル・コートヤードという概念が重要になってきます。噴水もあります。彫刻ともいえるような存在の木、長いテラスの空間があります。私の友人サンディが書斎で仕事をしているのは見たことがありませんが、二つのベッドルームがこの上にあります。サンディは水泳がとても上手です。ですから長い距離を自由に泳げるプールをつくりました。オーシャン・フロントビューがなかったのでユニークな設計にしようと、ベッドルームが水に囲まれているようにしました。ガラスで囲まれています。360度水に囲まれていて、シャワールームからも全部外観が楽しめるわけです。ですからバスルームもそれぞれ特別な景観を楽しめるようになっています。これは海岸沿いですが、木というのは最高の景観の一つと言えます。このような素晴らしい木に家が色添えをしているようなものです。この海岸沿いの建築物というのは、日中はいいのですが、夜は真っ暗になります。この家に関して日中と夜の異なった側面を考えなければなりません。コートヤードに入ると柱があります。これは回廊の代わりに柱をつくりました。この中庭は、階段になっていて、リビングルームがあります。皆さんが水の流れやキャンドルで夜はゆらゆら動くところを楽しんでいただけます。リビングルームはシンプルです。コンクリートの床、すべてが石膏です。非常に慎重に選ばれた素材を使っています。この真ん中に光、フローティングビームが動いていきます。そして木が中から見えます。ダイニングルームには数卓のテーブル、絵があり、40人ぐらい招待できます。皆さんの社交スペースです。これは水に囲まれたベッドルームです。水はとても穏やかに癒してくれます。ここで読書を楽しむことが出来ます。
-
『ジャパン・ハウス』
©LEGORRETA+LEGORRETA
『マテオ・アシエンダ』
では、今度は全く異なった形の作品をご紹介したいと思います。ブラジルのサンパウロ近郊のプロジェクトです。ブラジルのオレンジのプランテーションを所有している友人が20万平米の広い草原を持っているというのです。スケールの大きさにまず驚きました。メキシコにも広いところはありますけれども、ブラジルとは全く次元が違うということが分かりました。ブラジルで家をつくってくれないかと手紙が来たことを思い出します。私は忙しいのでブラジルで家をつくるのは無理だと断ろうと思ったのです。そうしたら友達が電話をしてきて、「リカルド、お前はばかだな、ノーなんて言わないで行って会ってみろよ。物件を見て決めたらどうだ」と勧められ、承諾しました。その人たちは、今まで私が会った中で最も素晴らしいカップルと言ってもいいと思います。実は今回も会場に来てくれた友人です。この家の目的は家族が一つに集まり、一体感を持つことです。全員が同じフロアに集まり、景色を楽しむことができるようにすることです。ここが家への入り口です。部屋もいくつかのパビリオンに分かれています。その日によって生活するところが違うということです。クローゼットはキャスターをつけました。そうすれば、洋服を別の棟に移動することができるようになります。これはゲストルームの一つです。色を鮮やかにしたいということで、このような色にしました。植栽や彫刻を配置し、この家は美術館と言ってもいいような形態となっています。また、エントランスは重要な要素だと考えていますが、ここを楕円形にして、車寄せで車を降りればもう車のことは忘れてしまうようなところとなっています。水も重要な要素です。リビングルームが水の上に浮かんでいるかのようです。景色を切り取ると、棟の間から景色が見えるようにしました。またシンプルな素材である、コンクリート、石を使っています。プールの周りにポルトガルの石を敷き詰めてあります。また、影をつくることが重要でした。屋外のダイニングテーブルです。ブラジルの芸術家とともに書斎の外の床のデザインをしました。もともとあったデザインをこの芸術家が全く変えてくれました。さらにチャペルをつくってほしいという依頼がありました。中庭のような形で、礼拝、瞑想などさまざまな特別な機会にこのチャペルに行けるようにしました。チャペル内の彫刻はブラジルの彫刻家の作品です。
『テコラレの家』
メキシコシティから2時間ぐらい離れた森の中にある『テコラレの家』です。非常に壮大な土地に母屋、ゲストハウス、プール、馬屋をつくることです。それぞれの建物間を歩いて自然を楽しむというコンセプトです。丸い噴水はメキシコ人の彫刻家とともにつくりました。川がありましたので、アクアダクトをつくり、水が常に流れているように設計しました。壁に火山の溶岩をあしらいました。自然光が採れるようになっています。プールがあるパビリオンにはジムがあって、外に向かって開かれたスペースになっています。中庭はすべて石でつくりました。彫刻家の作品が置かれています。リビングスペースは暖炉でくつろいで暖かく過ごせるようになっています。大、小いろいろなテーブルが配置してあります。
-
『マテオ・アシエンダ』
©LEGORRETA+LEGORRETA
次に、非常に大切な体験をお話したいと思います。私の事務所にピザ・チェーンのオーナーから電話がかかってきました。彼は大寺院をつくってくれないかと言うのです。翌週マナグアへ行きました。彼は情熱的な人で、野球チームを持つほど野球好き、そしてフランク・ロイド・ライトも大好きだといいました。非常に熱心なカトリック信者です。法王に会いに行ったところ、マナグアの大聖堂をつくったらどうかと言われたそうです。到着して気付いたのは、国民が非常に飢えていること。店もなく、町ががらんとしている。そこでは、カトリックの大司教が非常に重要な役割を担っていました。大司教は「来てくれてありがとう。そして大聖堂をつくってくれるということは本当にありがたい。これからニカラグア国民の魂を高揚させようと思う。そのために素晴らしい大聖堂をつくってほしい」と言いました。そして30万ドル全部集めたのです。その10倍の300万ドルをオーナーが出してくれました。責任は相当重く私たちの肩にのしかかってきました。これまでの経験を駆使し、ニカラグア国民の苦しみを癒したいと思いました。礼拝堂はキリストのイメージです。エントランスを強調したため、入ると全く異なった光を感じることができます。光が異なった方向から入り、十字架がシンボルになります。献堂式には、たくさんの人たちが大聖堂に集まってくれました。大司教が「本当につくってくれてありがとう。今、全員は入れないけれども、扉は開かれている」と言いました。そして扉が開いたときには何千人もの人たちがどっと裸足で赤ちゃんを抱いて入ってきました。空腹で飢えていますが、心の底から湧きあがる声で歌いながら大聖堂に入って来ました。建築物には人間に対する大きな責任があります。
『アメリカン大学』
全く違うテーマに入りましょう。カイロの『アメリカン大学』です。さまざまな建築家がこの大学を手掛けましたが、我々は学生センターと住宅部分を担当しました。イスラム文化はかなりメキシコ建築とも共通点があるということが分かりました。幾何学的な形はイスラム世界でよく使われます。キャンパス中央の広場です。同じような石を使うということにより、ほかの建築家とも共通点、均一性を持たせるようにしました。大学は一つの都市のようなところです。伝統的なイスラム建築の要素を取り入れながら、新しいものをつくり出そうと独自の建築にしています。道の真ん中に水が通っています。中央の講堂には碁盤の目がつくられています。中央に庭園がありますが、水はここに向かって流れています。イスラム教のモスクなどで使われているのと同じセラミックを使用しました。ここは学生たちが集まる広場です。レクチャーホールはシンボルになるようブルーにしました。砂漠の真ん中なので、厳しい気候です。そのため陰ができるようなスペースをつくりました。換気もできます。屋外のカフェテリアには開口部があります。図書館につながっています。特別ホールの外側は青ですが、中側は赤っぽくなっています。伝統的イスラムの幾何学形を近代風にアレンジしました。さまざまな形で伝統的な要素を解釈できるようにしています。ここにシャンデリアがあり、自然光を円形の中で取り込めるようになっています。イスラム文化を近代的に解釈しています。大規模な学生寮ではなくて、住宅をブロックごとに配置するという設計にしました。北アフリカの村を模したような形になっています。住宅には中庭をそれぞれつくってあります。自然換気ができるようにしました。この学生村のレクチャーホールは、砂漠の景観と溶け込むようになっています。住宅の入口には、伝統的な要素があります。木々を植え、果樹園を模した形にしています。天井は自然に光を取り入れられるようになっています。部屋の窓は特別なデザインです。伝統的なイスラム建築のスクリーンを採用しています。
-
『アメリカン大学』
©LEGORRETA+LEGORRETA
また、カタールの大学を二つ手掛けています。一つが『エデュケーション・シティ』です。マスタープランは磯崎新先生の事務所です。複数の建築家が担 当し、われわれは三つの建物を手掛けることになりました。この二つはすでに完成しています。『テキサスA&M大学』と『カーネギーメロン大学』で す。この『テキサスA&M大学』はやはり幾何学的な形です。もともとメッカを向いた礼拝のスペースになる予定だったのですけれども、やはりここは 宗教的なものにはせず、図書館や集会所にしようということになりました。右と左で陰陽の関係になっています。石はパキスタンから持って来ました。とても暑 いところですので、大学は夜もかなり活用されています。照明、採光をどうするかということが重要でした。講堂は特別な形になっています。メキシコなら石膏 を使うところですけれども、中東では石のほうがいいと思い、石を使っています。研究棟では、様々なところに階段を使って移動できるようになっています。階 段やミーティング・ポイントでエンジニア、科学者たちが話をできるようにしてあります。中央図書館ではこのアラバスターコラムを使って、それぞれの書斎を 区切るようにしています。 この後、『カーネギーメロン大学』も手掛けることになりました。同規模ですが、キャラクターが違うものをつくろうということになりました。この大学はちょ うど中央に道が通っています。そこで半円形の形をつくりました。そしてできるだけ人を集められるよう、真ん中にカフェテリア、オープンスペースがありま す。教授の研究室がその周りに建っているという形です。さまざまな教室が上部にあります。柱は大学のシンボルの一つです。彫刻をイメージしています。特別 なゲストの入り口がここです。面白い形をしていると思います。スリットのようなものを入れて、テラスに太陽があまり当たらないようにしています。他大学の 建物とつながっている接続部分です。茶色の石を使い、他の建物と関連があることを強調しています。内部も重要です。天候が厳しく、特に夏には砂嵐もあるの で、外にいることは難しい。だから居心地のいい空間をつくり出しています。中央の通路は同じ芸術家が手掛けています。壁もイスラムの伝統的な幾何学的な形 をあしらっています。集会室は講義以外に多目的スペースとしても使えます。ここにはイスラム風のカリグラフィーを飾ってあります。カフェテリアでは水、植 栽を使っています。学生が語りあえる場所です。
『メキシコ国立大学経済学大学院』
ここに彫刻的な建物をつくろうということになりました。図書館は円柱形です。渡り廊下があり、ホールへとつながっています。この渡り廊下に講堂があ ります。中の人たちも外の人たちも話を聞けるようにオープンな形となっています。円柱形の図書館はすべて溶岩を使っています。残りはコンクリートです。メ キシコシティではやはり陰があると非常に居心地がいいので、日陰をつくっています。窓は幾何学的な形です。学生たち は階段に座ることができます。夜は照明がつきます。中央からは、海、山、そして都市を見降ろせるようになっています。有名なメキシコの芸術家、フランシスコ・トレド氏がこのドアをつくりました。ガラスを使っています。研究室には窓があります。図書室には仕切られたボックスが設置され、オープンスペースが真 ん中にあります。
『ラビリンス科学芸術博物館』
メキシコの北部にある若者、子どものための迷路という名前の博物館です。これは想像力、インスピレーションを刺激するのにぴったりということで つくりました。公園の中央のサン・ルイ・ポトシという乾燥した場所です。中庭はアシエンダと呼ばれる形になっています。迷路とほかの建物が周りにあります。 この迷路は、植物を使っています。石を使った壁と植栽もあります。地域に合った植栽を植えています。石はやはり現地のものです。入り口にラウンダバウトが あります。円形の建物の二つの石の壁の間に色を取り入れています。真ん中には展望台となるタワーがあります。昼は町を見下ろし、夜は天文台として星を眺めることもできます。迷路にはサボテンを使っています。それはこの地域が砂漠だからです。博物館の周りの植栽は砂漠の植物園のような役割も果たしてい ます。彫刻のようなサボテンです。水を使っていますが、砂漠ですので、中庭の中を通るようにしてあります。タワーの上から水が流れ落ちてくるようになって います。動線はオープン、エアコンは展示室のみです。非常にメンテナンスしやすい設計となっています。入口にはメキシコ人アーティストがつくった作品があり、メキシコに住んでいる芸術家がこの木製のトンネルをつくりました。
-
『テキサスA&M大学』
©LEGORRETA+LEGORRETA -
『カーネギーメロン大学』
©LEGORRETA+LEGORRETA -
『ラビリンス科学芸術博物館』
©LEGORRETA+LEGORRETA
ここにはオムニマックスシアター(全天周映像劇場)、集会室、カウボーイ博物館、研究施設、エネルギー博物館、学校があります。エントランスにはタワーをつくりました。黄色いガラスに明かりが灯るということで、ランタンのように見えます。展示室はキャンティレバーです。バルコニーが角にあります。テキサス原産の植栽です。テキサスでは石油が重要産業ですから、石油博物館があります。子どもたちがスクールバスを降りると、自然の光が入ってくるようなスペースがつくられています。中に入ると、まず中庭があります。メキシコのジャカランダという花の薄い紫色をあしらっています。中庭はゆっくり休んでもらえるスペースです。ここでは元からあった木をそのまま活用しています。
『BBVAバンコメール・タワー』
いくつか今手掛けているプロジェクトですが、一つは非常に面白いものです。公園のすぐ横にあるタワーです。メキシコの大手銀行のためのタワーをつくるということになりました。目抜き通りから真っすぐの公園入り口にあります。なぜ面白いかと言いますと、コンペがあり、イギリスのリチャード・ロジャースさんと私を招いてくれました。我々は非常に仲がいいので、ロジャース、レゴレッタ共同でコンペに参加しようということになりました。レゴロイザラスという会社を作って、合弁でやるということにしました。色をどうするかという話になったとき、ロジャースさんは、紫がいいと主張しました。これだけ高い建物で、紫色を使えるのは世界でただ1つここだけだということになりました。
『セールスフォース・ドット・コム』
最後はサンフランシスコのプロジェクトです。IT産業のオフィスです。従業員の平均年齢が30歳ということなので、新しいアイデア、テクノロジーを刺激できるようなオープンスペースをつくりました。中央に広場があります。建物には、それぞれ個性があり、色が違います。大きなスクリーンがあるので、夜には食事をしながら野球や映画を見ることができます。 もう一つの建物は芸術家とコラボレーションしています。特別な会議室です。建物の入り口にはいろいろな色を取り入れ、自然光も入ります。地上だけでなく、建物の上にも緑と水を持ってきています。アトリウムの天井部分には、植栽を施します。サンフランシスコ湾に面しているところでは、建物がテラス状、階段状に降りてきていることが分かると思います。海から見ますと非常にハッピーな建物のようにみえます。
今取り組んでいること、あるいは取り組んだことをご紹介しました。ここで大切なことが二つあります。一つはわれわれが建築という最高の職業を選んだこと。 これは素晴らしくハッピーなのです。二つ目は、その背後にあることは情熱、パッションだということ。すなわち建築はパッションなしにはできない。そして人間はパッションなしには生きることができない。もしない人がここにいたら、生きることをやめたほうがいい、あきらめたほうがいい。確かにパッションというものに関して私たちはまだまだ燃え盛っています。では質問がありましたら喜んでお答えします。そのパッションを受け継ぎたいと思います。ご清聴あり がとうございました。
馬場璋造:私が中央に座ると少し居心地が悪いのですが、お二人を見ながら話を進めたいと思います。ただいまの大変示唆に富んだスピーチ、素晴らしかったと思います。どうもありがとうございました。古い作品はご存知のものも多いと思いますが、私は最近の作品を見て、やはり素晴らしい仕事をしておられるなと感じました。皆さんも同感だと思いますが、素晴らしく大胆な造形、色彩、空間です。その空間を彩る色彩を一言で大胆と言えるかと思いますが、実はよく見ると大変繊細で練れた色だと思います。ただ原色を使ったということではなく、普通ではなかなか考えられない素晴らしい色をマッチングさせています。大変洗練された色彩をレゴレッタさんが選んでいるのではないかと思います。まず、私からレゴレッタさんにお聞きしたいのは、色彩の選び方についてです。少しお話をお伺いできればと思います。
リカルド:色とともに生きていなかったら本物のメキシコ人ではないのです。つまり色を使うということは生きていることの一部といえます。特に色の使用、活用は、非常にエモーショナルな感情に突き動かされるということです。これは知的な作業ではなく、感情の赴くままにというのが色の使い方です。もう一つ大切なことは、どのように色が空間の中で変化するかを認識することです。例えばコンピュータを使って仕事をした際、色を導入した瞬間、空間が変化します。これは気をつけなければいけません。「では、明るい色を使おう、強い色をここで」など、そう簡単に決められることではありません。色の使用というのは決して簡単なことではありません。日々移り変わる色の変化をよく観察して勉強しなければならない。何時何分ごろに光や間接光によって色が変わるかということも観察しなければなりません。もしここで色に関してエキサイティングな空間があれば、常に赤を選びます。こんな答え方は簡単かもしれないけれども、涼しいところだから青だとか、そんな基準ではないのです。最初から色を選ぶときもたまにありますが、ビルの色ではなく、空間を赤くするかどうか決めるのです。建設会社、塗料メーカーとも相談します。工場にまで行って、いろいろな色を出してもらう。それを持ち帰って、選ぶということはしません。東京の色をメキシコで選ぶことはできません。その場の空間に即した色を選ぶ。すなわちエモーショナルにアプローチする非常に繊細な方法です。
馬場:続けてお伺いします。色を大変な神経を使って選ぶということですが、では色を途中で塗り替えられたことはありますか。決めたらその色でいきますか。
リカルド:私はいつでも変化できる。オープンですから変えることはあります。一つの色に固執する必要はない。1年中同じグレーのスーツを着ているわけじゃないでしょう。建築も同じです。自由自在に選べることが素晴らしいわけです、人生も色も同じです。ですから一度塗ってから変えてもいいわけです。塗り変えてもいいのです。色を変え、空間を変えると建築そのものが変わるということですから、無限の可能性がある。「これは最高だ。傑作だ。もう絶対何も変えちゃいけない」私はこんな馬鹿なことを言いません。人間としてもっと謙虚に学ばなければいけない。そしてもっと大人にならなければいけない、成長過程で、人間は変化するように色も変化するのです。ですから永遠にこの色でなければだめだとは絶対に言いません。
馬場:大変よく分かります。レゴレッタさんの作品を見ていると、常に進歩している。一つとして同じものはなくて、色や造形は様々ですが、常に進歩しているというのが一番の重要なポイントではないかと思っております。ヴィクトルさん、その辺はかなりお父様から学ばれているのではないかと思いますがいかがですか。
ヴィクトル:そうですね。もちろん父からたくさんのことを学んでいますが、やはり建築に対するパッション、これが一番です。いろいろ失敗することもありますが、父は失敗しても、とにかく最善を尽くすということです。そのことを一番学んだと思います。いつも常に前進していくということ、そして毎回最善を尽くすということ、これが一番大きく学んだことです。
馬場:ヴィクトルさんは、槇(文彦)先生のところに来られて、建築を勉強されたわけですけれども、メキシコと日本の違いを感じられたことはありますか。
ヴィクトル:はい。共通点も大きな違いもあると思いました。日本からたくさんのことを学ばせていただきました。特に自然に対する尊敬 の念です。よく覚えていますが、槇先生はよく西洋では建物を山の上に建てたりするが、日本ではそんなことはしないとおっしゃっていました。そして自然に守 られた形で建物をつくるのだとおっしゃっていました。これは日本の文化で学んだことの一つです。自然に対する畏敬の念を持つということ、そして建築と自然 の調和ということを学びました。また、内部と外部のつながりというところにも注意を払っています。スピリチュアルな部分が重要です。メキシコでは色、水、 中庭を使いますが、日本の場合はスピリチュアリティというところに焦点を当てているということが重要だと思いました。
リカルド:ヴィクトルにお聞きになったことで、私からも息子が槇先生から何を学んだか申し上げたいと思います。親子2人とも槇先生か ら学び続けています。今でもそうです。本当に私は槇文彦先生を尊敬しています。継続して親子で学んでいます。
馬場:実は数年前、横河健さんなどちょうど50代の建築家数人によりメキシコで展覧会をやりました。大変素晴らしい展覧会になりまして、2カ月で20万人 の入場者があったと聞きました。われわれのイメージからするとメキシコというのは繊細よりもむしろバイタリティのほうだと思いますが、バイタリティと同時 にものすごく繊細な面がある。それが逆に共通しているというのが今日の映像やお話からもよく分かったのではないかと思います。会場から質問を受けたいと思 いますがいかがでしょうか。
質問1:私自身、個人邸の仕事が多く、常にその仕事を通して、いかにそれが社会貢献となるかということを考えさせられています。もし個人邸を通して建築で社会貢献ができるとお考えでしたら、どのように進めていけばいいのか教えていただければと思います。
リカルド:まず、クライアントにサービスを提供するということ、個人邸なら、それは個人に対してです。そして病院であれば病院の患者に対して、ホールであれば観客に対して、サービスを提供する。それが私の言う社会貢献の意味です。この貢献は、奉仕するという意味です。ですからその建物に投資している人たちも含まれます。個人邸の場合はその人のために一生懸命、チャレンジしていかなければいけない。その個人の顔を常に見ていなければなりません。気に入っていないと思えるような顔が少しでも見えたら変えなければいけない。クライアントに喜んでもらわなければいけないわけです。ですから素晴らしいことと思うと同時に大変ですけれども、すごいチャンスです。本当にこの個人邸をつくって、その人に心から喜んでもらうことは一生の友情も培うことができるということなのです。私のベストクライアント、実際に個人邸をつくった方々とは永遠の友情を築いています。ですから素晴らしい機会でもあるのです。
人のために貢献することを申し上げましたが、これは家を設計するときに、個人邸の場合、単にそこに住む人だけではなく、その人の家を訪れる人たち、お客様に対しても喜んでもらわなくてはいけない。その個人の職業などを考慮すると同時に、そこを訪れる人たちのことも考えなければならないということです。ところが公共建築になると全く違う発想が必要になります。公共施設の場合、そこに来場する人たちが何を期待して来るか、常に研究しなければいけない。こちらの方がより難しいです。
馬場:レゴレッタさんにとっては、パッション、情熱がやはり鍵だと思います。個人邸にしてもあるいは公共施設にしても、依頼した人がこういうものができると思っていなかったが、いざ出来上がってみたら、これこそ自分の望んでいたものだと、そういうデザインをレゴレッタさんはされているのではないかと思います。それが多分、一番大切なことで、相手の言うことをただ聞けばいいということではないのだと思います。相手が分かっていないけれども、でき上がったら、これが自分の望んでいたものだと、そういうものをつくることをいつも考えておられるようにうかがいました。
リカルド:その通りです。しばしばクライアントは「こういう空間の使い方がいい」とイメージを見せて、希望を伝えます。また、暖炉の写真を見せて、「これがいい」と言うのですが、建築家はそれを分析しなければいけないのです。石で出来ているとか、大理石で出来ていることだけでなくて、なぜ暖炉にひかれるのかを分析しなければいけない。熟考、考察することが大事です。そして、「じゃ、つくろう」ということになったとき、やはり自分自身に対して言い聞かせるのは、「私は常に夢を追いかけている、夢をクリエイトする人間である」ということです。それは私自身が夢見る人だからです。人生を生きることは夢そのものであると思うのです。目覚める必要はなく、一生ずっと夢を見ていればいいのです。クライアントの夢を一緒に見ればいいのですから。
質問2:レゴレッタさんは大陸の西側メキシコから来られ、日本は大陸の東です。気候の特性上、メキシコはサボテンや砂漠があり、強い光が射す場所です。反対に日本は湿気に常におおわれていて、色の見え方がかなり異なっていることに戸惑いがあったと思います。実際、大勢の芸術家、特に画家が西洋で学び、帰国すると光線の違いで、自分が培ってきたものが活かせないことにずいぶん戸惑ったと聞きます。レゴレッタさんはそのような戸惑いはなかったのでしょうか。
リカルド:はい、その通りです。非常にデリケートで大切なことを指摘されたと思います。色彩に関して、「レゴレッタの色は素晴らしい。その同じ色を日本で再現してほしい」とよく言われるのですが、これは違います。日本は独特な文化があり、独特の光線を浴びているからです。ここでの課題は、どのような色を日本に持ち込むかを決めることです。日本での色使いを考えたときに、本当に慎重に練って、どのような色を日本に持って来たらいいかを考えます。私は日本でこんな色を使ったらいいなどと教える立場ではないと思います。やはり一緒に協力して選んでいく。本当に色は大切です。あなたがある色が好きだったら、なぜその色が好きなのですか。ただ、赤、黄色が好きだということではなくて、色にひかれるのは、一種の自由、解放感にあこがれるからではないでしょうか。日本には、素晴らしい色彩、特定の色だけではなくて本当に解放感を感じる色があると思います。自然との調和、溶け込んだ色の解放感があります。美しい木々の色、花々の色、自然の色、様々な色です。そしてその文化に素直に従って、色を選ぶことが大切なのです。
馬場:本当はヴィクトルさんにもお話をお伺いしたかったのですけれども、時間が過ぎたものですから、お父様のお話で締めさせていただきたいと思います。一番初めにおっしゃられたルーツという言葉がいろんな形で繰り返されましたが、そのルーツという問題は、ただ表向きに考えるのではなくて本当にそれぞれ、日本や東京というルーツ、あるいは東京のどこという、そういう場所性、そういうものをよく考えなくてはいけない。自分とクライアントとの出会いの中から、あの建築の空間なり色彩が生まれてくるのであるということが今日のレゴレッタさんのお話から大変よく分かったのではないかと思います。 これからはご子息のヴィクトルさんがますますご活躍されると思います。それでは、今回の高松宮殿下記念世界文化賞の受賞記念講演をこれで終わらせていただきたいと思います。どうもありがとうございました。