第11回
1999年
絵画部門
Anselm Kiefer
アンゼルム・キーファー
油彩に加えて鉛、砂、ワラなどさまざまな素材を重ねた物質感、伝説や神話、旧約聖書などと現実の歴史を組み合わせた重層的なテーマ、アンゼルム・キーファーの作品は、壮大なスケールと迫力で見るものを圧倒する。
1945年、旧西ドイツ、ドナウエシング生まれ。大学で法律を学ぶがやがて芸術を志し、ヨーゼフ・ボイスに師事する。69年、さまざまな場所でナチスの敬礼のポーズを取る自分自身を撮影した一連の写真「占領」を発表、激しい論争を巻き起こす。また「あしか作戦」シリーズ(1975)では、ナチスの無謀なイギリス侵略計画をテーマとするなど、ドイツの負の歴史を敢えて呼び覚まし、現代人の心を揺さぶった。一方で北欧神話、ギリシャ神話あるいは旧約聖書から題名を採ってくることで、作品を神話的世界へ導く。キーファーの用いる実に多様な材料による物質感と深遠なテーマ、その巧みな結合が強い刺激を与える。インスタレーションなど、表現形態もさまざまである。思想性を重視するキーファーの作品は、人間の本質、根源的なものについて、考えることを現代人に迫る。92年、ドイツから南仏ランドック地方にアトリエを移した。
略歴
キーファーは1980年代の新表現主義、とりわけ、ドイツの新表現主義を代表する芸術家である。
ジャーナリスティックに見れば、反動・右翼的・反ユダヤ主義のキーファーが、民主主義・左翼的・社会主義の官僚社会に打ち勝った、と見えるかもしれないが、そうではない。
だが、キーファーは、古(いにしえ)のたぎる思いを絵に盛り込めることを明らかにしてみせた、と言った方がよいのではないか。絵に表された事実だけを見がちなアメリカ現代美術の観客、または「いま・ここ」を重要視した60年代美術以降の観客に、絵は精神的な翼を持っていますよ、ということを証明してみせたのではないか。
確かに、史跡に立ってナチス式の敬礼をするところを写真に撮った、コンセプチュアル・アート時代の有名な作品がある。ナチスのお抱え建築家のシュペイヤーが設計した首相官邸。その写真をもとにして絵を描いた。
ユダヤ人殺戮浄化と受け取られかねない、レンガ造りの、儀式的な浄化のかまどを描いた。確かに右翼的だが、故意にそうしていた部分もある。その部分は80年代の、過熱ぎみの新表現主義への熱狂が伝わらないと、十分ではない。
キーファーは右翼的な主題のほかに、有翼のパレットの絵を多く描いている。こちらの方は、ジャーナリスティックに成功したとは言えなかった。有翼のパレットは、ドイツ文化を鎮魂して、すべてを包む芸術の力、といった意味である。
キーファーに対する熱狂は87年の、ニューヨーク近代美術館に巡回してきた回顧展の爆発的な成功が、ピークだった。ぼく自身、展覧会を見たあと、有識者たちの熱狂の環の中にいた。口ぐちに、キーファーの反ユダヤ的な主題がけしからん、と言い、口角泡を飛ばさんばかりだった。その意見がキーファー展の感想の大多数を占めた。
あのビートルズだって、はじめは全米で成功できるか気を揉んだ。アメリカを制してはじめて世界制覇と、当時、言うことができた。キーファーはニューヨーク近代美術館での個展を成功させ、世界で一番目の肥えた知識人に物議をかもし、全米の注目を集めて、世界制覇をなしとげたのである。
だが、ともすると忘れがちなことだが、すべてを包む有翼のパレットの絵がたくさんある。有翼のパレットの絵を理解しなければ、カバラなどのユダヤ神話の積極的な採用、広大な工房の設計を経て、ドイツの土地から南仏への移住などが、説明がつかない。
それにしても、キーファーに対するニューヨークの熱狂は凄まじかった。『ニューヨーカー』誌は、45年に第二次世界大戦が終わり、ジャクソン・ポロックが死んで、キーファーが生まれたことは、占星術的に関係がある、という書き出しで、ニューヨークにおける新表現主義の勝利、ひいてはキーファー旋風のニューヨーク席巻を記した。
キーファーはデュッセルドルフで亡きヨゼフ・ボイスの教えを受けた。最も重要なアーティストとして、ボイスの名をあげていた。ドイツの魂のようなアーティストだと信じていた。
ニューヨーク以後の最初の重要な発表は、ロンドンだった。ユダヤ神話のカバラをうちに含む巨大な鉛の本棚と本、そして夥しい破片、鉛の飛行機などのインスタレーションを発表した。
93年、日本の美術館でも個展を行い、日本の観客にもなじみとなった。
新表現主義は89年にベルリンの壁が壊され、西側が東側を吸収したように見える年に、役目を終えたかのように、急に失速した。だが、絵の主題の力の復権など、キーファーが訴えた絵の力は、形を変えて受けつがれている。
篠田達美
略歴 年表
「知られざる画家に」の シリーズを描き、ナチズムの問題に一応の終止符を打つ
藁をカンヴァスに付着させた作品シリーズを制作
カンヴァス上に用いる素材を藁から鉛に移し、油彩による厚塗りの画面が現れ、テーマもドイツ的問題からより普遍的なものへと広がる
主な作品
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あしか作戦(1981)
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英雄の象徴 1-「占領」による(1975)
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英雄の象徴 2
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マイスタージンガー(1981)
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メランコリア(1989)
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星から降ってくる漠としたこの光 (1996)
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アトリエにて (1999)
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アトリエにて (1999)