第3回
1991年
彫刻部門
Eduardo Chillida
エドゥアルド・チリーダ
鉄や石の巨大な塊を、あたかも地球の重力に挑戦させるかのようにそそり立たせる。荒々しく高貴な造形。剛直な抽象形態ながら、形の変化がリズム感を生む。その作品は「バスク人のように厳しく、その山岳地帯のように荒々しい」と評される。
1924年、スペイン、バスク地方のビスケー湾に面したサン・セバスチャンに生まれ、今も湾を望む高台の家に住む。マドリード大学で建築を学んだ後、23歳で彫刻家の道に転じた。パリ留学を経て、51年にはじめてスペインの伝統的な段鉄技法による鉄の抽象彫刻をてがける。先輩のゴンザレスやガルガロの鉄の作品にも触発されたが、チリーダは彼らにはまだ残っていた具象性を廃し、純粋抽象に独自の世界を築いた。
代表作「風の櫛」は25年を費やして生地の海岸に完成(1977)。海岸の突端の岩に打ち込まれた錨のような鉄の塊三体が、広大な海と空に拮抗する様は壮観である。見る者をたじろがせるほどの迫力がありながら、環境とよくなじみ、共生している。「風の櫛」を人と自然ヘの類いまれなオマージュとすれば、米テキサス州ダラスのシンフォニー・センター前に屹立する「音楽」(1989)は、都市彫刻の傑作であろう。チリーダは石や木、近年ではコンクリートでも優れた作品を残している。
略歴
古来、金属を使ったモニュメントは、いかに巨大でも中は空洞である。東大寺の大仏も、イタリア、パドヴァにあるドナテッロのガッタメラータ騎馬像も、そうだ。だが、エドゥアルド・チリーダの鉄の大作は無垢である。近くで見ると、そのすさまじい重量感は比類ない。見るものを威圧し、たじろがせる。それでいて、チリーダの彫刻は環境とよくなじみ、「共生」してしまう。彼の造形が自然への愛に根差し、環境への深い思索に裏付けられているからだろう。
1924年、チリーダはスペイン、バスク地方のビスケー湾に面したサン・セバスチャン市に生まれ、今も湾を望む高台の家に住む。眼下のコンチャ海岸の突端に、岩に打ち込まれた錨のような鉄の塊3体が広大な空、海と拮抗するさまは壮観である。代表作の『風の櫛』(1977)だ。この作品にバイタリティーを与えているのはタイトルが示すように、この地では穏やかな日でさえ突風が舞うことを暗示したフォルムを縫う空間である。構想から実現までに25年を要した。20世紀彫刻が自然に捧げ得た至高のオマージュのひとつであろう。
チリーダは鉄や石の巨大な塊を、あたかも地球の重力に挑戦させるかのようにそそり立たせる。荒々しくも高貴なる造形。剛直な抽象形態ながら、かたちの変化の生むリズム感が『風の櫛』、『沈黙の音楽』、『境界線の囁き』、『空間の転調』などと続く詩的なタイトルにふさわしい。
サン・セバスチャンでの若き日、サッカーのゴールキーパーとして鳴らした。サン・セバスチャン・クラブは、当時も今と同じようにスペインのフットボール・リーグの上位にあった。サン・セバスチャン時代の彼の仲間にはチリーダのことを現代彫刻家としてよりも、かつてのゴールキーパーとしてよく知っている人もいるくらいだ。マドリード大学で建築を学んだ後、23歳で彫刻家への道に転進した。粘土と石膏、次に花崗岩と取り組んだ。1948年パリに留学するが、バスク人としてのアイデンティティを改めて強く感じる。
1951年、初めて鉄の抽象彫刻を制作した。スペインは鉄の鍛造に優れた伝統をもつ。鉄の彫刻の先達がふたりいる。1930年代から40年代に没しているフリオ・ゴンザレスとパブロ・ガルガロである。ともに棒状や板状の鉄を使い、虚空間を取り入れた造形を創始して、ピカソをも啓発した。チリーダも初期には両先輩の影響の濃い作風をみせていたが、後に、両人にまだ残っていた具象性を排し、純粋抽象に独自の世界を築いた。マドリードでの初の個展、パリ、マーグ画廊での個展(1954-56)などで頭角を現しはじめ、1958年、ヴェネツィア・ビエンナーレで国際彫刻大賞を受賞、世界的な評価を得た。
荒海と対峙する『風の櫛』と対照的に、テキサス州ダラスのシンフォニー・センター前に屹立する『音楽』(1989)は、都市彫刻の傑作といっていい。さながら鉄の化身だ。素材の質感が迫ってくる。コールテン鋼独特の錆びた赤茶色の肌が暖かい。思わず触覚を誘われる。触ってみると、ゴツゴツしている。フォルムに気づくのは、その後だ。空間のなかにある有機体とでもいうべきか、うちにエネルギーが充満している。チリーダは、それを「内なるスペース」と呼ぶ。大きな2体の円筒形の内側から、小ぶりな突起物が出ていて、空を泳ぎ、快いリズムを刻む。線と量、充実と空虚とが拮抗しながら、平衡を保っている。フォルムが重力と浮力のはざまで浮かび上がる。
テキサス州のヒューストン美術館の庭園にある白御影石の彫刻は、宇宙から飛んできた隕石のようだ。穿たれ空洞となった虚の部分と、無垢の実の部分とが交錯して、ひそかな陰陽のリズムを刻む。
チリーダは石や木、近年ではコンクリートでも優れた作品を残しているが、やはり鉄という素材に対しては特別の思い入れがあるようだ。硬い禁欲的な素材が、チリーダを造形上の実験へと駆り立てていく。
「未知を前にしての驚異こそが、私の師であった。私は風を見たことはないが、雲が流れるのは見ている。時を見たことはないが、木の葉が散るのは見た」
この自然への敬虔な姿勢、みずみずしい詩魂とが、あの剛毅な彫刻を環境と「共生」させてしまうのだろう。
松村寿雄
2002年8月19日、スペイン、サン・セバスチャンで逝去
略歴 年表
主な作品
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風の櫛XV(一部)
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風の櫛XV
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風の櫛ⅩⅥとチリーダ夫妻
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作品の前で
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チリーダの作業場
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アトリエにて