トップ 受賞者一覧 モーリス・ベジャール

第5回

1993年

演劇・映像部門

Maurice Béjart

モーリス・ベジャール

 古今東西の芸術を取り入れ、実験性あふれる作品を次々と発表し、舞踊表現を刷新した振付家、演出家。現代バレエ界の魔術師といわれる。
  1927年、フランスのマルセイユに生まれる。14才でバレエ学校に入学。45年、ダンサーとしてデビュー。50年、ストックホルムで映画「火の鳥」を振付。55年、「孤独な男のためのシンフォニー」で一躍、世界の注目を浴びる。59年、ストラヴィンスキー「春の祭典」を発表。演劇の要素を取り入れた振付で、パリのテアトル・デ・ナシオンの振付部門でグランプリを獲得し、世界バレエ界の寵児となった。60年、ベルギーのブリュッセルで20世紀バレエ団を結成(87年、スイスのローザンヌへ移転)。ベートーヴェン「第九交響曲」やベルリオーズ「ロメオとジュリエット」、ワーグナー「ニーベルングの指環」など革新的な大作を次々に発表、世界各地で大成功を収める。特に、故ジョルジュ・ドンが踊ったラベル「ボレロ」は人々を魅了した。
  哲学者の父の影響でインド哲学、日本の禅も研究。心の遍歴は作品の原点ともなっている。日本文化にも造詣が深く、「ザ・カブキ」や三島由紀夫からイメージを得た「M」など、日本を舞台にした作品も世界で上演されている。

略歴

  「モダンバレエの魔術師」といわれるモーリス・ベジャールのバレエから宗教と哲学がかいまみえる。美と快楽こそがバレエという通念をひるがえしたベジャールは古典の読み返しによって新たな地平を切り開いた。 1927年、フランスのマルセイユ生まれ。父は哲学者のガストン・ベルジェ。ドイツ哲学が専門だったが、インドや中国哲学にも関心を寄せ、中国語も話せたという。ベジャールはその影響を否定するが、ヨーロッパやアジアの伝統的な宗教や哲学から発想を得た作品は父からの影響を感じさせる。
  最初は舞踊家として舞台に立ったが、1955年の『孤独な男のためのシンフォニー』で振付家として認められ、1959年の『春の祭典』で独自のスタイルを編み出し、世界中に衝撃を与えた。1960年に「20世紀バレエ団」をブリュッセルで結成。1987年にスイスのローザンヌに本拠を移し、現在は「ルードラ・ベジャール・ローザンヌ」を主宰。これまでに映画化された『ボレロ』をはじめ、『火の鳥』、『さすらう若者の歌』、『イサドラ』、『ニーベルングの指環』、歌舞伎の『忠臣蔵』から発想した『ザ・カブキ』、作家の三島由紀夫からイメージを得た『M』や、『シェヘラザード』、『リア王=プロスペロー』、『愛が私に語りかけるもの』などの革新的な振付作品を発表している。
  とくにストラヴィンスキーの名曲に乗せた『春の祭典』は、バレエに音楽と演劇の要素を巧みに織り混ぜて独自の総合芸術的世界をつくり上げた。バッハ、ベートーヴェンなどのクラシック音楽をはじめ、古今東西の多彩な文化、芸術が躍動するベジャール美学は自在な発想によって飛翔し続けてやまない。その源泉は古典にあった。
  たとえば、ベジャールは日本の古典に精通している。清少納言の『枕草子』や宮本武蔵の『五輪書』を愛読し、ルードラに併設されているバレエスクールの授業に剣道も取り入れている。「剣道はみごとな芸術だ。その動きは座禅の瞑想にもつながっている。集中力、正しい姿勢などバレエに必要な要素がすべて含まれている」と言う。そして、彼の作品を踊ったことのある歌舞伎の女形、坂東玉三郎らとの交友を通じて、作品をバレエ化していく。
  人と会うことによって、その人の言葉や思想から刺激を受ける。優れた知性との出会いから、さまざまなインスピレーションを得る。「それを五感を通して吸収し、創造に生かしていく」と語る。
  その人脈をみると、古典や伝統を身体のうちにもっている人が多い。「ピカソは現代芸術の大家であると同時に、古典的な絵画の大家だった。古典を知らない、やみくもな創造は、芸術の破壊に通じる」と語る。したがって、ベジャールの創作は「テクストの読み返し」が大きな柱になっていることがわかる。「舞踊は宗教であり、祭式の表現である」とは彼の有名な言葉だ。
  舞踊は神に捧げられる神聖なもの。これは世界共通で、さまざまな舞踊はいずれも宗教的な要素が反映されているとみる。「私のバレエは、舞踊が宗教的なものであるという基本的な認識のもとにある。神話は人類の芸術の核心にあるもの」と断言する。こうして『オルフェ』、『レダ』、『ディオニソス』、『ニーベルングの指環』など神話的イメージをもった作品が生まれた。
  近年はイスラムの神秘思想、スーフィズムを信奉していると聞く。曾祖母がアフリカのセネガル人であり、その血を引いていることを誇らしく思うというのも、世界共通語の宗教、思想、古典を愛するがゆえといえる。
  故ジョルジュ・ドンによるエロティシズムただよう名作『ボレロ』は、もともと女性ダンサーによって踊られた作品だった。それを男性であるドンが踊ることによって新たな深みに到達した。「舞踊には男も女もない。性にこだわらない」と言う。
  抽象的なイデアを感覚的なかたちとして表現するベジャール美学は宗教、哲学、人種を問わず我々の感性を揺り動かしてくれる。


小田孝治
 
 2007年11月22日、スイス・ローザンヌにて逝去

略歴 年表

1927
1月1日、未来学の創始者ガストン・ベルジェを父にマルセイユに生まれる
1941
バレエを始める
1945
マルセイユのオペラ座でデビュー
1953
パリでエトワール・バレエ団結成
1959
ブリュッセルのモネ王立劇場で「春の祭典」を上演し、大成功を収める
1960
ブリュッセルで20世紀バレエ団結成
1967
文化芸術勲章シュバリエ章(フランス)。初来日
1986
歌舞伎「仮名手本忠臣蔵」をもとに振付けた「ザ・カブキ」を東京で初演
日本政府から勲三等旭日中綬賞を受ける
1987
本拠地をスイスのローザンヌに移し、ローザンヌ・ベジャール・バレエ団
設立
1988
王冠勲章グラン・ドフィシエ章(ベルギー)
1992
バレエ団をルードラ・ベジャール・ローザンヌに改称
1993
高松宮殿下記念世界文化賞、演劇・映像部門受賞
2007
11月22日、スイス・ローザンヌにて逝去

主な作品

1955
「孤独な男のためのシンフォニー」(音楽:ピエール・アンリなど)
1959
「春の祭典」(音楽:ストラヴィンスキー)
1961
「ボレロ」(音楽:ラヴェル)
1964
「第九交響曲」(音楽:ベートヴェン)
1966
「ロメオとジュリエット」(音楽:ベルリオーズ)
1967
「現在のためのミサ」(音楽:ピエール・アンリなど)
1970
「火の鳥」(音楽:ストラヴィンスキー)
1971
「さすらう若者の歌」(音楽:マーラー)「ニジンスキー・神の道化」(音楽:チャイコフスキーなど)
1973
「主のない槌」(音楽:ブーレーズ)
1976
「我々のファウスト」(音楽:バッハ、アルゼンチンタンゴ)
1990
「ニーベルングの指輪」(音楽:ワーグナー)「ピラミッド」(音楽:イスラムの伝統音楽)「ニジンスキー・神の道化」
  • 春の祭典

  • 春の祭典

  • 高岸直樹に「ボレロ」を振付けるベジャール

  • ザ・カブキ

  • 振付をするベジャール

  • 振付をするベジャール

春の祭典
(東京バレエ団、1982)©K Hasegawa

春の祭典
(東京バレエ団、1982)©K Hasegawa

高岸直樹に「ボレロ」を振付けるベジャール
(1980)©Tokyo Ballet

ザ・カブキ
(東京バレエ団、1990)©Tokyo Ballet

振付をするベジャール
©The Sankei Shimbun

振付をするベジャール
©The Sankei Shimbun