イギリス映画界を代表する監督ケン・ローチは、労働者階級や第三世界の人間の厳しい現実をドキュメンタリータッチで描く作品を撮り続けてきた。それも、単に犠牲者としての悲惨さだけを描くのではなく、広い視点と独特のユーモアに裏打ちされた、人間に向ける暖かい眼差しで、作品をヒューマニズム溢れるものにしている。
BBCでのドラマやドキュメンタリーの演出を経て、1967年に『夜空に星のあるように』でデビュー。以後『ケス』『リフ・ラフ』『レディーバード・レディーバード』『大地と自由』『カルラの歌』『マイ・ネーム・イズ・ジョー』『ブレッド&ローズ』『スイート・シックスティーン』などを製作、これまでにカンヌ、ベルリン、ヴェネチアの国際映画祭で数々の賞を得ている。
ローチはスコットランドのグラスゴーを『カルラの歌』『マイ・ネーム・イズ・ジョー』『スイート・シックスティーン』の舞台として使ったが、夏から撮影開始の新作もここが舞台。グラスゴーでの撮影は四作目になる。
「新作は、グラスゴー生まれのパキスタン人青年と地元のカトリック学校の女性教師との物語です。相棒の脚本家、ポール・ラヴァティがスコットランド西部の出身で、グラスゴーにも詳しいんです。人々の真実を描こうとするとき、背景のディテールはとても大切ですから、またここに戻ってきました」
ローチは映画製作に莫大な金をかけたり、大物俳優を使ったりはしない。むしろ、演技経験のない素人を積極的に起用する。
「既存の俳優には洗練された演技力はありますが、素人の演技が放つきらめきや、意外性の面白さがありません。素人の人生体験や不自然な方言、身振りなどが、そのまま映画の一部になるのです」
米国同時多発テロをモチーフに、世界各国11人の監督が競作した映画「11’9”01/9月11日」にも参加、独特の視点で米国とテロを抉ってみせた。
10月の授賞式典への出席が、初めての来日となる。