第27回
2015年
彫刻部門
Wolfgang Laib
ヴォルフガング・ライプ
「生命」とは何かを東洋的思想で追求し、具現する芸術家。牛乳や花粉など、命を育み、それを次世代に橋渡しする物質を素材として用い、オブジェなどを制作する。大学で医学を学んだが、「現代医学は人間の身体についての自然科学にすぎない。大事なのは肉体だけではない」と、生や死、精神の問題も含めた生命の真髄を求め、24歳のときに芸術家へ転身した。両親がインド芸術・文化に興味を持っていた関係で、若いころから一家でインドに長期滞在した経験もあり、東洋の文化や思想に傾注。1975年、白い大理石板の表面をシャーレ状に削って牛乳を満たした《ミルクストーン》を発表して注目を集め、以降、自宅周辺の野山で採集したタンポポなどの花粉や、蜜蝋、米などを使った作品制作に精力的に取り組んでいる。世界各地で展覧会を開いており、1989年に初来日。2003年には東京国立近代美術館などで本格的な回顧展を開いた。
略歴
インド独立の父、マハトマ・ガンジーを思わせる丸眼鏡から柔和な目がのぞく。ドイツ南部の村、ビベラッハ近くのアトリエには、椅子や机はなく、無駄な家具は一切ない。その「無」の空間で、片膝を立てて座り込んで作品づくりに没頭する姿は、修行者を見ているようだ。
「子供のころ、両親がインドの芸術と文化に興味を持っていた関係で、一家でインドに住みました。そこでは、すさまじい貧困を目にし、両親は南インドの村の支援を始めました」。これがすべてではないが、この経験が後の自身の芸術活動に少なからず影響を与えたという。
18歳から大学で医学を学んだが、「現代医学は、主に人間の身体についての自然科学です。だが、人生において大事なのは肉体だけではないと思いました」と医学に不満を感じ、生や死、精神の問題も含めた生命の真髄を求め、24歳のときに芸術家へ転身した。
そして半年後に作ったのが、白い大理石板の表面をシャーレ状に削って牛乳を満たした《ミルクストーン》。牛乳は生命を育むものの象徴であり、放置しておけばやがては腐る、すなわち「死」をも象徴する。大理石板に満たされたばかりの純白の牛乳は表面張力で盛り上がり、しばらくは生命の輝きを放っているが、時間の経過とともに腐敗が進み、やがてひとつの作品として「終わり」を迎える。「極めて単純な行為ですが、これが『生命とは何か?』という問いに対する私の答えでした」
1977年からは、タンポポやハシバミなどの花粉採集を始めた。花粉はもちろん「生命を次代へつなぐもの」の象徴である。自宅周辺の野山で、一つひとつの花から壺へ、丁寧に花粉を落としていく。それは気が遠くなるような作業だが、これも制作活動の一環だという。
こうして集めた花粉を使って、床一面に撒いたり、《花粉の山》を作ったり。至ってシンプルな造形物だが、その鮮やかな色彩やむせかえるようなにおいは、確かに生命感に満ちている。
以降、蜜蝋、米など、生命を育み、次世代につなぐものを素材に使った作品の制作に精力的に取り組んでいる。キャロリン夫人の出身地、ニューヨークと南インドにもアトリエを構え、世界各地で展覧会を開いている。1989年に初来日、2003年には東京国立近代美術館などで大がかりな回顧展を開いた。
日本からも影響を受け、《阿弥陀仏の山越え》と《涅槃にいる仏陀》の二枚の絵はがきを今も大事にしている。いずれも「生」と「死」のはざまで苦しむ人間の魂を救済するもので、「これは医者にはできないこと。医学をはるかに超えた叡智です」と目を輝かせながら語った。
略歴 年表
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アトリエ近くの展示室にて
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≪松の花粉≫
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≪ミルクストーン≫を制作するライプ
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≪ヘーゼルナッツの花粉≫
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≪ジッグラト≫
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花粉を採集するライプ