授賞式写真

2006年 第18回 高松宮殿下記念世界文化賞 受賞者決定

2006年 9月 7日
草間彌生氏、マイヤ・プリセツカヤ氏など5人

世界の優れた芸術家に贈られる高松宮殿下記念世界文化賞(財団法人 日本美術協会主催)の第18回受賞者5人が、9月7日(日本時間8日午前)、ニューヨークを主要会場にロンドン、パリ、ローマ、ベルリン、東京の各都市で発表されました。
今年の受賞者には、絵画部門で初の日本人受賞者となる草間彌生さんを初め、演劇・映像部門で永遠のプリマ・バレリーナ、ロシアのマイヤ・プリセツカヤさんら5名に決定しました。
また、同時に発表される第10回若手芸術家奨励制度の対象団体には、ベネズエラの貧困地域の子供たちを音楽の練習、演奏を通して教育する財団、「ベネズエラ青少年・児童オ-ケストラ全国制度財団」が選ばれました。
授賞式典は、日本美術協会 総裁の常陸宮殿下、同妃殿下ご出席のもと、10月18日(水)に東京・元赤坂の明治記念館で行われ、5人の受賞者にそれぞれ顕彰メダルと感謝状、賞金1500万円が贈られます。若手芸術家奨励制度は、9月7日、ニューヨークでの受賞者発表の席上、奨励金500万円が贈られます。

各部門受賞者は以下の通りです。

第18回 高松宮殿下記念世界文化賞 受賞者
■絵画部門    草間 彌生  (日本)
■彫刻部門    クリスチャン・ボルタンスキー  (フランス)
■建築部門    フライ・オットー  (ドイツ)
■音楽部門    スティーヴ・ライヒ  (アメリカ)
■演劇・映像部門  マイヤ・プリセツカヤ  (ロシア)

第10回 若手芸術家奨励制度
■ベネズエラ青少年・児童オ-ケストラ全国制度財団(ベネズエラ)


絵画部門 PAINTING
草間 彌生 Kusama Yayoi
1929年3月22日、長野県松本市生まれ

草間彌生は現代アートの旗手として、世界を舞台に活躍してきた。少女時代の幻視・幻聴体験を基にした、反復増殖する「水玉」や無限に広がる「網」は、作品群に共通するモチーフ。1957年の渡米をきっかけに才能を大きく開花させ、ニューヨークを拠点に様々なジャンルの作品を発表、60年代欧米アートシーンの寵児となった。73年に帰国後、93年のヴェネチア・ビエンナーレの日本代表に選ばれ、一気に評価を高めた。98年から翌年にかけ、ニューヨーク近代美術館などで大規模な回顧展を開催。立体作品や小説、詩などを通じても、表現への飽くなき追求は枠にはまらず、常に新しいアイディアを提示する。近年は松本市美術館の「幻の華」をはじめ大型の野外彫刻も手がけるなど、ますます創作活動の場を広げている。今年10月にはニューヨークの個展にモノクローム絵画シリーズを出品する。


彫刻部門 SCULPTURE
クリスチャン・ボルタンスキー Christian Boltanski
1944年9月6日、フランス・パリ生まれ

写真や古着、ろうそくの光など、多彩な素材と方法で、「生と死」の問題を語りかける。フランスを代表する現代アーティストとして、68年の初個展以来、世界各国で作品を発表。学校にほとんど通わず、12歳で退学し、独学で絵画を習得した。初期は兄弟を使った実験映画を制作。ユダヤ人の父親が差別を受けた経験などから、「生と死」をテーマにした作品を次々と発表。主な作品は、死者の遺品をすべて集めた「目録」や、肖像写真に電球をあて金属の箱で祭壇を作った「モニュメント」シリーズ、古着を大量に使ったインスタレーション作品など。「死体も写真も古着も、私にとっては、同じ不在の象徴」と、失われた時間や記憶の「遺物」を展示することで、鑑賞者に過去を蘇らせる。80年代からは、ホロコーストの持つ「人間否定」の概念を扱った作品群も発表。「芝居作りが今、最大の関心事」という。


建築部門 ARCHITECTURE
フライ・オットー Frei Otto
1925年5月31日、ドイツ・ジーグマ生まれ

巨大なテント構造の第一人者、フライ・オットーは自然科学の研究成果を建築に取り入れることで、超軽量・高性能の建築物を可能にし、建築界に多大な影響を与えてきた。64年にドイツ・シュトゥットガルト大学教授に就任、軽量構造研究所を設立すると、エンジニア、生物学者、物理学者、哲学者らとともに学際的な研究を本格化させた。この研究成果が結実したのが、67年のモントリオール万国博覧会西ドイツ館や、72年のミュンヘンのオリンピック競技場の屋根。ケーブルネット構造や膜構造を駆使した大空間は、シャボン玉の実験などから、最適な曲面が計算され、自然と調和した建築物として高く評価された。テント構造はサウジアラビアなど中東でも展開している。81歳の現在も、北ドイツ・ノイスの住宅用移動建築プロジェクトなどに参加。ライフワークの都市計画に関する本も執筆中だ。


音楽部門 MUSIC
スティーヴ・ライヒ Steve Reich
1936年10月3日、アメリカ・ニューヨーク生まれ

最小限に抑えた音型を反復させるミニマル・ミュージックの先駆者として「現代における最も独創的な音楽思想家」(ニューヨーカー誌)と評される。コーネル大学哲学科を卒業後、ジュリアード音楽院でウィリアム・バーグスマらに師事した。同じ言葉を吹き込んだ二つのテープを同時に再生し次第に生じてくるフェーズのズレにインスピレーションを得て、初期代表作のひとつ「イッツ・ゴナ・レイン」(1965年)が誕生した。70年代以降はアフリカ、インドネシア・バリ島の伝統音楽、ユダヤ人であるルーツを探るようにヘブライ語聖書の伝統的な詠唱法を学び、「言葉が生む旋律」を再発見した。この間「18人の音楽家のための音楽」(74-76年)、ホロコーストを題材にした「ディファレント・トレインズ」(88年)で2つのグラミー賞を受賞。93年には「21世紀のオペラはこうあるべき」(タイム誌)と評された「The Cave-洞窟-」を発表した。70歳を迎えた今年は、欧米各地で記念コンサートを開催。


演劇・映像部門
マイヤ・プリセツカヤ Maya Plisetskaya
1925年11月20日、ロシア・モスクワ生まれ

20世紀最高と称賛されるロシアのバレリーナで、元ボリショイ・バレエのプリマ。ロシアの芸術一家に生まれたが、父親はスターリン体制下で政治犯の嫌疑をかけられ銃殺、母親も流刑に処せられた。ボリショイ・バレエ学校を卒業。独ソ戦中からボリショイ劇場のソリストとなり、瞬く間に人気を博し、「主役を演じない舞台はない」と言われる。「瀕死の白鳥」で名声を不動のものにした。だが、プティやベジャールらの振り付けで、「カルメン組曲」や「ボレロ」など反ソ連的な新作に次々と挑戦を続けたため、当局から24時間身辺を監視され、プリマでありながらなかなか海外公演を許されなかった。当局からの抑圧に耐えることができたのは「夫(作曲家のロディオン・シチェドリン氏)の助けがあったから」。同氏の作曲で、「アンナ・カレーニナ」「かもめ」「小犬を連れた貴婦人」などを振り付け、出演し、演劇界に新風を吹き込む。大の親日家で、若手の育成にも力を入れている。


高松宮殿下記念世界文化賞 Praemium Imperiale 財団法人 日本美術協会 The Japan Art Association

財団法人 日本美術協会(会長 瀬島龍三)は、1887年(明治20年)に設立された日本で最も歴史ある文化財団です。東京・上野公園内に上野の森美術館を運営し、美術展を企画、開催しています。代々、皇室から総裁を戴き、初代の有栖川宮熾仁殿下以降、有栖川宮威仁殿下、久邇宮邦彦殿下、高松宮殿下が、そして1987年から常陸宮殿下が総裁を務められています。
1988年、協会設立100年を記念して、前総裁 高松宮殿下の「世界の文化芸術の普及向上に広く寄与したい」というご遺志を継ぎ、高松宮殿下記念世界文化賞が創設されました。国際理解の礎となる文化芸術の発展に貢献した芸術家に感謝と敬意を捧げ、その業績を称えるもので、世界の芸術家を対象に、毎年、絵画、彫刻、建築、音楽、映像・演劇の5部門、5人に感謝状、メダル、賞金1500万円が贈られます。
受賞者の選考は、:国際顧問-中曽根康弘(元首相)、ウィリアム・ルアーズ(米国連協会理事長)、レイモン・バール(元仏首相)、リヒャルト・フォン・ワイツゼッカー(元独大統領) 、ランベルト・ディーニ(元伊首相)の各氏が主宰する各専門家委員会が、広く世界に目を向けて候補者の推薦にあたります。その推薦リストに基づいて、日本の選考委員会が受賞候補者を選び、日本美術協会理事会で最終決定します。
国際顧問を退任されたヘルムート・シュミット(元西独首相)、ジャック・シラク(仏大統領)、デイビッド・ロックフェラー(米)、デイビッド・ロックフェラー・ジュニア(米)の各氏も、名誉顧問としてご協力いただいています。授賞式典は毎年10月、総裁の常陸宮殿下、同妃殿下のご臨席のもと、東京で行われます。